Aliszationjap
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ほんの少しミルクを入れた水出しのアイスコーヒーを一口含み、芳醇な香りを楽しみながらゆっくり嚥下すると、朝田詩乃はほうっと長い息を漏らした。
視線を古めかしいガラス窓に向けると、忙しなく行き来する色とりどりの傘の群が水滴の向こうにぼんやりと透けて見えた。雨は嫌いだが、この路地裏の隠れ家のような喫茶店の奥まったテーブルに沈み込み、灰色に濡れた街を眺めるのは決して悪い気分ではない。テクノロジーの匂いを一切排した店内の調度や、奥のキッチンから漂ってくる甘くどこか懐かしい匂いの効果で、まるで自分がリアルワールドとバーチャルワールドの境界に落ち込んでしまったかのごとき錯覚をおぼえる。つい一時間前まで聴いていた教師の講義が、どこか異世界の出来事のようだ。
「よく降るね」
カウンターの向こうからぽつりと投げられたバリトンが、自分に向けたものだと気付くのに少し時間がかかった。店内には詩乃のほかに客は居ないのだから、勿論そうに決まっている。
顔を動かし、丁寧にグラスを磨いているカフェオレ色の肌の巨漢をちらりと見てから、詩乃は短く答えた。
「梅雨ですしね」
「英語で言うとプラム・レインだな」
強面のマスターが鹿爪らしい顔でのたまう台詞に、思わず小さく苦笑する。
「……冗談を言うときはもっとそれらしい顔しないとウケませんよ、エギルさん」
「む……」
エギルは、"それらしい顔"を模索しているつもりなのか眉間や口もとをあれこれ動かしたが、どれも五歳までの子供なら即泣きするような凶相ばかりで、詩乃は思わず小さく吹き出した。あわててグラスに口をつけ、笑いを一緒に飲み下す。
詩乃の反応をどう解釈したのか、エギルが妙に満足そうに一際ヒールレスラーめいた面相を作ったまさにその瞬間、入り口のドアがかららんと鳴った。店内に一歩足を踏み入れた新たな客は、マスターの顔を見るや唖然とし、次いで溜息をつきながら首を振った。
「……あのなエギル、もしその顔で毎回客を出迎えてるなら、近いうち潰れるぞこの店」
「ち、ちがう。今のはジョーク用のとっておきだ」
「……いや、それも間違ってる」
つれなく駄目出しをすると、桐ヶ谷和人は水滴を切った傘を傍らのウイスキー樽に突っ込み、詩乃を見て軽く右手を挙げた。